物語にあふれる私の暮らし
講師:前田エマ(モデル)
モデルのみならずエッセイ、アート、ナレーションなど幅広い分野で活躍されている前田さんに、暮らしの中でどのように物語にふれインスピレーションを得ているのか、「物語を楽しむ」ヒントについてお話をうかがいます。当日は前田さんの朗読を通して非日常の世界観をぜひ一緒に愉しんでみませんか。
モデルとして活躍している前田エマさんは、写真やペインティング、朗読やナレーションなど、ジャンルにとらわれない活動が注目を集めています。11月22日(水)にはそんな前田さんを講師としてお招きし、暮らしの中でどのように物語からインスピレーションを得ているかをうかがう講座「物語にあふれる私の暮らし」を開催。今回のインタビューでは、これまで前田さんがどのように物語に触れてきたのかを語ってくれました。テーマは「ワンダーランド」、前田さんにとって「物語」の持つ意味とは?
そもそも、私は小さな頃から物語を選ぶしかなかったんです。たとえば、算数。1+1=2だと言われても、意味がわからなくて(笑)。ピアノも14年間やって、弾けるんですけど楽譜も苦手。「どうして1+1=2なのか」とか、「こういう背景があって音階ができたんだよ」とか、そういうことって、いちいち教えてもらえないじゃないですか。物事を記号的に覚えるのがとにかく苦手でした。
でも、私以外の家族はみんな普通に数学ができるんです、父も母も弟も。3人とも「算数とか数学って、ルール通りにやればいいから、考えないでテスト勉強ができて楽しい」って言うんですが、私はそれがまったく理解できず、「考えない楽しさって何?」みたいな。私は背景を知らないと覚えられないから、そんな楽しい世界まで行けなかった。
そのぶん、幼い頃からずっと妄想ばかりしていました。寝る前に布団をかぶって「すごい名家に生まれていたら」とか、そういうことを考えていましたね。「やっぱりお迎えの人が来るのかな」とか、「下着とかは自分で買いに行けるのかな」とか……。しかも表情とか仕草とか台詞も考えて実演して、布団の中で一人芝居をずっとしていましたね(笑)。好きな音楽やアートも、作品を知るだけじゃなくて、作品の生まれた背景や、作者が誰に影響を受けたのか、そういう物事の背景に横たわっている物語にずっと興味があって。
大人になるにしたがって妄想はちょっと減っていったんですけど、マンガに出会ってしまったんです。親戚にちょっと変わった叔父さんがいて、その人の家に遊びに行くと、『ガロ』とか、子どもが見ちゃいけないようなマンガがいっぱいあって、変な世界が詰まっていた。妄想を超える世界が広がっていたんです。
叔父さんはずっとアメリカに住んでいて、ときどき帰ってくると私を自転車のカゴに乗せて、ずっと何時間でも走っているような人。ふたりで一緒に、欽ちゃんの仮装大賞にどうやったら出られるかいつも考えて。今も仲が良くて、最近は「死ぬときは船の上がいい」なんて言って、船舶免許を取っていました(笑)。
その叔父さんの影響は大きくて、今でもマンガが大好き。マンガのすごいところって、興味のなかった分野の扉をしれっと開けてくれるところなんです。たとえば『BLUE GIANT』というジャズを扱ったマンガがあるんですが、ある日、知り合いにジャズバーに連れて行かれたら、マンガに描かれていたように私と同じ年くらいの男の子たちが頑張っていて、もう感動しちゃって。読んでいた物語が現実とリンクしてしまったときに、宇宙に行ってしまったような気分になるんです。
高校生くらいのときは、学校がすごくつまらなくて、本を読むことが私の逃げ場でした。学校に行く理由も、図書室だと無料で本が読めるから(笑)。毎日、授業中も、通学路でも歩きながら読んでいて、トラックの運転手さんに「危ないよ!」なんて怒鳴られて。本の世界の中だけが、生きられる場所でした。あと、音楽を聴いているときも。
そこで初めて、数学を解いていてもわからなかった「何も考えなくていいことの楽しさ」を知りました。とにかく本を読んでいる間だけは何も考えなくて良かった。本の世界に身を委ねておけば、どうにか息ができた。そのときに、私も何かをつくる人になりたいな、ものをつくっている人のそばにいたいなって思いました。本を書いたり音楽をつくったりすることはできないかもしれないけれど、手を動かすのは好きだったから、美術予備校に通いはじめたんです。
美術予備校で出会った友だちはみんなマンガから飛び出してきたみたいな、個性的な人ばかりでした。バックボーンも、持っている知識も、みんなすごくマニアックで、すごく変な人たち。それまで私は、他人にあまり興味がなかったんです。自分の世界のことで精一杯だったから。でも、私以外の人が面白すぎて、これはもう美大に行くしかないって思いました。
1992年神奈川県うまれ。2015年春、東京造形大学を卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーに留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど、その分野にとらわれない活動が注目を集める。芸術祭やファッションショーなどでモデルとして、朗読者として参加、また自身の個展を開くなど幅広く活動。現在、雑誌『OZ magazine』・女性の多様な生き方を探るウェブマガジン
She isにて「服にあう」連載中。
[連載]She is:https://sheishere.jp/hottopic/201709-emmamaeda/