人間ドックの意味を深めるライブラリ
これまでに手がけたなかで印象に残っているもののひとつが、人間ドック専門のクリニックのライブラリです。人間ドックは自分が健康であるかどうかを知るための手段で、長生きしたいと考えている人が受けるものですよね。そこには、「なぜ健康的に長生きしたいの?」という問いがあります。健康診断には、“長生きする目的”と“長生きするための方法”という項目が同時に含まれていると思うんです。
でも、そのこと自体は健康診断の結果には現れません。だからライブラリでやりましょうと提案し、廊下の両サイドで向かい合わせになるように「WHY(なぜ健康的に長生きするのか)」と「HOW(どうやって健康的に長生きするのか)」の2列の本棚をつくることになりました。
「WHY」のほうに並べたのは、旅や仕事、恋愛、未来についてなどの本です。それらの本を読むことで、“見たことのないものを見たい” “まだ成し遂げていない仕事がある” “未来の世界を見たい”という生きる目的を見出すことにつながるかもしれません。「HOW」のほうには、食事や身体、運動、メンタルやフィジカルなことについての本を選びました。
ライブラリづくりの魅力のひとつは、「その場や行為自体には表立って現れてこないけれど、大切なこと」を表現し、届けられること。人間ドック専門クリニックはその好例です。情報としても十分であり、構造的にしっかりと支えられている、とても存在意義のあるものだったと思います。
自宅の書斎の本棚。「読み終わった本や大型本は、こちらに収納」と山口さん。
本に正解を求めない
日々、本を読んでいると、疑問に思っていたことが解けていくような心地いい瞬間があります。反対に、内容がわからなくてモヤモヤすることもある。本はそうやって、なにかしらの変化を与えてくれます。
かならずしも明るい方向に変わらなきゃいけないとは思っていなくて、どう変化したか、なぜ変化したかっていうことを、頭のなかで記憶/記録していくのが大事かなと思います。
それから、本のなかに直接的な正解を求めないほうがいい。正解があるわけではなくて、読んだときになにを感じ、どう思ったかのほうが大切で、それこそがある種の応えであり、答えになっていくものだと思うんです。
だからこそ、日常のなかで生まれるいろんな疑問を忘れずにストックしておいて、考え続けることが重要だと思っていて。正解を求めて読んだわけじゃない本にも、なにかヒントがあるかもしれないので、すでにある疑問を解くヒントを見逃さないようにし、新しい疑問が浮かぶ瞬間も忘れないようにしているんです。
それらがやがてひとつのアイデアにまとまるかもしれないし、ずっと残っていつか光が当たるかもしれない。もしくは、違う視点で考えなきゃいけなかったんだなと気づいたり、その問題が違う角度から見えてくることもあるかもしれない。
なので、僕が本を読むとき、特定の疑問や問題に対する答えを出してくれる本が、必ずしも狙って読んだ本かどうかはわからないんです。もちろん知識や情報として必要だったり、具体的に読むべき理由があるときは、直球でそれに対応する本は読みますよ。
ベッドサイドにも本が並べられている。「子どもが生まれてからは、ほぼ絵本になった」のだそう。
書き手との対話から生まれるもの
ふだんあまり本を読まない人が、あるテーマの本を連続して読んだことがライブラリの記録からわかったとすると、その人が“考えたかったけど、どう考えればいいのかモヤモヤしていたこと”に対して、ひとつのアプローチの方法やきっかけを得てくれたのかもしれないと思うんです。
きっと、自分との比較対象を得られることも大きいんですよね。本と自分という閉じた関係のなかでは、“私はこう思っていたけれど、書き手はこう思っている” “こういう側面から考えたらそれもあるかも”というような、書き手と自分自身との対話が常に発生します。連続して読んだということは、その対話をもっと続けたいと感じてもらえた証なのではないでしょうか。
対話を重ねると、ものごとの新しい側面や、これまでにない考え方が見えてきます。それはそもそも自分が感じていたことがクリアになった、つまり言葉を得て、自分で言語化できたということかもしれません。言語化ができたら、それがさらに次の対話を生み出していける。
書かれた直接的な答えを求めてリンクを飛び続けるネットの開けた世界とは違う、閉じた関係から世界が広がっていく。それが、本と出会うことのよろこびだと思います。
デスクや打ち合わせルーム、廊下など、オフィスの中にも本がずらり。こちらはワークスペースの本棚。