2020年の処方箋
例年通りに新年特別講座を開催した1月のテーマは「2020年の処方箋」。オリンピック開催にはじまり、変化に富み、いろんな情報が伝わってくる2020年も楽しく平穏に暮らしていこうと、ゲスト講師のお三方と一緒に学びを深めました。たくさんの情報に触れていても心のウェルビーイングを整えるヒントを、お三方が詳しい、映画、本、音楽を通じて探ります。
わたしらしい地図を
映画や本のコラムを書く山崎まどかさん、書店やライブラリーの選書をする山口博之さん、DJやミュージックセレクターとして活躍する垣畑真由さんをお招きした1月講座では、「2020年の処方箋」にそって一人3キーワード(計9キーワード)を持ち寄り、いくつか選びながらクロストークを進めていきました。最初の話題にのぼったのは、垣畑さんの「ディスクガイドを読む」というキーワードです。
アルバムやシングルの横に、音楽評論家やDJがコメントを載せているディスクガイドを読むことは、高校生のときから続けています。ディスクガイドを読んだ後、レコードショップに行くのがルーティーンです。パラパラ読んでいるだけで自然と頭に入っているから、お店で見かけて「あれ?」と視聴することもよくあります。私はサブスクリプションよりもアナログが好きで、よく買っているんですよ。買って、手元にある状態になると、自分のものになったようで、音楽が吸収できている感覚があるんです。(垣畑さん)
垣畑さんの話を聞いて、「ディスクガイドは、まるで音楽の地図のようだ」と山崎さんもうなづきます。
地図を眺めていても、いける場所に興味を持ったり遠くの場所に憧れたりできることと似ていますよね。音楽との大事な出会い方だと思いました。(山崎さん)
自分らしい見つけ方で
一方、ブックガイドは出版されることが少なくなったと山口さんが続けます。そこで、本との新しい出会い方として「出版社/レーベル/シリーズで探す」というキーワードを挙げてくれました。
例えば、これは医学書院から出ている「ケアをひらく」というシリーズです。「ケアをひらく」は、病気や障害、介護などのケアというテーマを人文学的な切り口を交えて幅広く扱っています。このシリーズには、様々な理由で世の中に居づらさや生きづらさを感じている人、もしくはそれぞれの状況についての研究が、私たちの知らない視点で描かれます。オリンピックもそうですが、賞を取るような人ばかりが讃えられる世の中に息苦しさを感じる人もいるかもしれません。医療的な目線だけでなく、ただ“いる”ということを肯定したり、競争的ではない個性のあり方を考えるというふうにも読むことができると思います。このシリーズのように、同じメッセージを持つような本が出続けるものを探すのもいいのかな。(山口さん)
すると「音楽も、レーベルで聴くことができますよね」と、山崎さんは前置きして、「映画の場合は少し違うんですよ」と、「自発的な発見」というキーワードについて話してくれました。
サブスクリプションがあるので、映画は自宅でいつでも見ることができます。毎日、映画を見ている人もいるくらいです。でも、映画の場合は情報をたくさん集めることの逆をしたほうがいいんじゃないかと思うんです。たくさん見ても、頭に残りにくいから、自宅で見ずに、あえて映画館に行くのをオススメします。「今月は3作品見よう」とか、「映画はこの映画館で見る」だとか、しぼることでちゃんと映画が体に残るんですよ。自宅だと、見ながらスマートフォンを触ってしまうこともあって、映画だけを観る時間も確保しにくいですし。(山崎さん)
フィットするものを深める
通う映画館を決めると、その映画館が選んだ作品を見るという楽しみも生まれるのだとか。山崎さんの話す映画との出会い方は、行きつけのレコードショップを持つ音楽ライフとも重なっています。
私にも、行きつけのお店があります。一番好きなレコード屋さんは宮崎県にあるんです。お店って、行ってみないとわからないぶん、いろんなお店を知っていける楽しさもあります。旅行した際は必ずレコード屋さんを見て回るくらい。扱っているジャンルや店員さんの雰囲気を見て、通うようになると、私が来店した際に好きそうな曲を流してくれるようにもなったりして、いっぱい買っちゃうことも少なくありません(笑)(垣畑さん)
足を運んで楽しむことは、本の世界でも広がっています。海外では、作家自身がブックツアーを組み、読み聞かせやトークショーをする機会も増えていると山崎さんが教えてくれました。そして、日本でも本を楽しめる場所は増えていると山口さんが続けます。
「イベントに行ってみる」というキーワードも挙げさせてもらいました。一般ルートでは出会いにくい、自分の世界をより深めてくれるような本との出会いがイベントに行くと生まれます。いろんなイベントが開催されていて、本をつくった人から買うことができる場所も多いんですよ。そういう場所に行って、本と出会うことができたら、一般ルートで見かけたものを好きになれない方でも、当てはまるものが見つかるかもしれません。(山口さん)
振り返ることの大切さ
サブスクリプションを代表として、たくさんの作品にますます触れやすくなっていくなか、自分の基準を持って情報に触れていく大切さを見つめ直すクロストークが続きます。山崎さんは、垣畑さんが挙げてくれた「自由なZINEを作るということ」というキーワードに「とても興味がある」と言います。
高校生の頃に、ルーズリーフでディスクガイドをつくることがきっかけになって、ZINEをつくりはじめました。つくって、人に喜ばれると、幸せになるし、残しておけることがいいな。ZINEには自分の理解していることしか書けないから、より調べるようになるし、聴き込むようにもなる。何かを伝えようとすることって、何かを理解しようとすることにつながるんですよね。(垣畑さん)
「編集してみる」というキーワードを挙げた山口さんも、同じようなことを考えているようです。
気になって、集めていたものが、ある物量に達すると見えてくる価値ってあると思うんです。なぜ、こだわっていたのか、どうして気になっていたのか、そういうことを知っていく面白さもあるから、まとめる作業って大事ですよね。(山口さん)
時間を重ねた先の魅力
垣畑さん、山口さんの話を聞いて、山崎さんは「内省」というキーワードについて、話を進めてくれました。
「内省」っていうのは、unshareのことです。たくさん新作が出てくると、見てすぐに投稿できる作品に評価が集まるようにもなってしまいますし、自分の感想も瞬間的にシェアするばかりになってしまいます。もしも見終わった際に変な感覚しか残らない作品だったとしても、その作品が自分にとって新しくて言葉にならなかっただけなのかもしれない。だから、すぐにシェアしないで、考える時間を設けたり、時間をかけて作品を評価するようなことは大切だって思うんです。(山崎さん)
時間をかけて作品と向き合うから魅力を感じることができる。そんな感覚は、CDアルバムで音楽を聴く感覚と似ていて、「3曲目にある好きな曲のために聴いていた、1、2曲目をいつの間にか好きになってしまったような体験ができる」と言います。レコードを聴く垣畑さんも共感しながら、話を続けてくれました。
何か聴きたいと思った時、まずはレコードを選ぶことからはじまって、レコードは両面あるから表を聴くのか裏を流すのかも選びます。そうやって、今の自分と相談しながら、ほしい曲を選んでいくことっていいなと思うんです。(垣畑さん)
“わたし”を大切にしよう
たくさんの情報が流れてくる時代に入っても、「自分の基準で選ぶこと」を大切にするような暮らしに、心を平穏に保ちながら人生を楽しむヒントが隠れていることをたどった1月講座も残すは交流会のみ。これから参加者のみなさんとの交流をはじめるお三方に、CLASS ROOM恒例の質問にも答えていただきました。みなさんにとって、「良い暮らしとは」何ですか?
豊かな暮らし、なのかもしれない。街に出ると、心が豊かじゃないのかもって感じる、せかせかした人も見かけますけど、そうなりたくはなくて、辛いことがあっても、忙しいときになっても、自分のために使う時間を必ずつくることは大事にしたい。それが、私にとってはレコードを探す時間です。豊かな心を保ちながら生活するために、何が好きなのか向き合って生きていくことが大事なんじゃないかなって思っています。(垣畑さん)
まず、ただ生きていてそれだけで良い状態でありたいです。何かを成し遂げないと評価されないとか、生きていていいと思われない状態にはしたくないんです。あとは、どうでもいいことをどうでもいいと思わないこと、というのも大事なんじゃなかな。(山口さん)
これは、今年の目標でもあるんですけど、寝る前に反省しないこと。今日もこれができなかったとか、これがやれなかった、やれたはずだったって思わないで寝ることを大事にしたいです。今日もちゃんと生きたし、夜までたどり着いたから、それだけで十分いいんだって思えるような……それは難しいところもあるんですけど、習慣だと思うので、今日を終えたからよしとしようって思える毎日を生きていきたい。(山崎さん)
講師プロフィール
山崎まどか(文筆家)
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に2019年10月に刊行された『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』(DU BOOKS)『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)『女子とニューヨーク』(メディア総合研究所)『イノセント・ガールズ』(アスペクト)共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)翻訳書にレナ・ダナム『ありがちな女じゃない』(河出書房新社)等。
山口博之(ブックディレクター/編集者)
good and son代表。1981年仙台市生まれ。立教大学文学部英米文学科卒業後、2004年から旅の本屋「BOOK246」に勤務。06年から16年まで、幅允孝が代表を務める選書集団BACHに所属。17年にgood and sonを設立し、ショップやカフェ、ギャラリーなど様々な場のブックディレクションをはじめ、広告やブランドのクリエイティブディレクションなどを手がけ、その他にもさまざまな編集、執筆、企画などを行なっている。
https://www.goodandson.com/
垣畑真由(Silver編集者)
1995年生まれ。中学生の頃にアナログレコードと出会い、高校2年生から大学卒業までをレコード・ショップ、ディスクユニオンに勤務。音楽に出会ったきっかけでもある60s-70sROCKを始め、SOUL / FUNK / RARE GROOVE中心に収集している。現在はDJ・ミュージックセレクター、雑誌Silverの編集メンバーとして活動している。また趣味で製作しているZINE、「RAPTURE magazine」は不定期で発行され、今年5月にリリースした最新号ではBEAMS T・Sho Miyataらとのコラボレーションが実現した。