手書きの文化を守るために
私は、もともと文房具好きというわけではありませんでした。
実家が群馬県で文房具屋を営んでいて、あるとき父が、東京進出の足がかりとして同業の会社を買収したんです。そのとき父に、その会社の経営をやらないかともちかけられて。私は当時、外資系の医療機器メーカーで働いていましたが、商人の家に生まれただけあって、いつかなにかしらの商売をやりたいと思っていたんです。それで、ほとんどノリで引き受けてしまいました(笑)。2007年、27歳のときでしたね。
なにも決まっていない状態だったので、まずどのような業態にするかを、未来への価値という視点で考えました。文房具屋にまつわるもので、これから10年、20年と残していくべきものってなんだろう。それはきっと「書くこと」だろうと思ったんです。
当時、すでに世の中はデジタル化が進んできていて、インターネットも確立していました。アイデアをまとめる、考える、伝えるといった行為の一つひとつはデジタルでもできるんですけど、それを深めるには手書きが必要だということを、実感していたんです。デジタルが台頭していくなかでは、誰かが手書きの大切さを伝えていかないと、文化としてなくなっていってしまうのではないか。そういう思いもあって、書くきっかけをつくるお店をやることにしました。
ゴールは「たのしく、書く」こと
私自身が文房具マニアではないので、カキモリも、自分の好きな文房具をみんなに知ってもらおうというマニアックな店にはしませんでした。どうしたら書いてくれるんだろうという視点で考えていった結果、サービスや商品ラインナップが決まっていった感じです。
手が届きやすい価格帯、道具として優れていること、そしてワクワクするデザイン。この3つのバランスが取れている商品をセレクトしています。万年筆やボールペンは壁面にずらりと並べ、気軽に試せるように。オーダーノート用の紙にも試し書きできますし、ほかの文具雑貨もすべてサンプルを置いて、文房具を体験してもらえるようにしました。
姉妹店の「inkstand by kakimori」は、オーダーインクの店です。カキモリが“総合店”であるのに対し、こちらは“専門店”。ただし、インクマニアの人ではなく、色の楽しさに興味がある人に向けた店です。色の楽しさを入り口にしてインクをつくり、そして実際に使ってもらいたいですね。
「カキモリ」という店名の由来は「書人」の当て字。“たのしく、書く人”のためのお店だから、サービスも商品選びも、最終的に「たのしく、書く」ことにたどり着くように設計しています。
オリジナルアイテムに“愛着”を込めて
商品のなかにはオリジナルのアイテムもあります。うちはお客さんからすごくたくさんのフィードバックがあり、記録をしっかり取っているんですね。オーダーノートでいうと、こういう質感の表紙がほしい、スケジュール表として使える中紙がほしいといったリクエストもたくさんいただきます。オリジナルアイテムの半数くらいが、そういったお客さんの意見を取り入れたものです。
残りの半数は、スタッフたちが「こういうのがあったらいいよね」とアイデアを出し合ってつくったものです。私たちは店員であると同時に“たのしく書く人”、つまりユーザーでもある。その感覚をみんなが大切にしているので、自分たちがほしいものもつくるようにしているんです。
そのひとつとして最近出したのがGLASS NIB。既製品の軸にも、カキモリオリジナルの専用軸にも差せるガラスのペン先です。一般的にガラスペンは軸とペン先が一体になっていますが、「ガラスペンって楽しい。でもペン先が付け替えられたら、もっと道具として使い勝手がいいよね」と商品企画のスタッフが考え、みんなの賛同を得てつくりました。
実はいま、カキモリの商品企画のあり方をもう一度定義し直そうとしているんです。
まだ完全ではないですが、キーワードは“愛着”です。文房具は消費されるものであるということを前提に、サステナビリティなどを考慮していくと、うちがつくるべきなのは愛着をもって長く使い続けてもらうアイテムだろうと。それで、カキモリの考える愛着ってなんだろう?というのを、みんなで話し合っているところです。