今、遠く離れたあの国で流れている時間

最近よく思い出していたことがあります。星野道夫さんの『旅をする木』っていうエッセイ集に出てくるエピソードなんですが、“今この瞬間、アラスカではくじらが悠々と海を泳いでいる。そういう時間の感覚を持てるかどうかで、ずいぶんと気持ちの在りようが変わってくる”というようなことなんですね。都市で忙しい日々を過ごしている一方で、そういう時間も存在しているんだよっていうことが言いたいんだと思います。そうやって地球上の遠い場所で流れている時間を想像するのって、すごく豊かなことだなって。

昔、カナダの山でひとりでキャンプをして、夜に雷が鳴ったんですね。でも翌朝、隣でキャンプを張っていた人が「あれは雷じゃなくて、氷河が崩れる音だよ」と教えてくれて、すごくびっくりしたんです。今も雷の音を聞くと氷河を連想しますし、夕方になって街に電気がつき始めると、以前訪れた電気が通っていない村のことを思い出したりします。ああ、ミャンマーのあの民族の人たちは、もう寝てる時間だなとか。日常生活の中に世界の時間が入り込んでくることで、気持ちが豊かになる気がします。

自分と他人との違いを受け入れること

旅をする人は、自分と他人の違いというものをわかっている気がします。たとえばインドでは、人々はヒンドゥーの世界で生きていて、わたしたちとは価値観がまったく違うじゃないですか。でも、旅の間は彼らとうまくコミュニケーションをとって生活しないといけない。そういうときに、自分が正しいなんて思わずに、他人との違いを認めることがまず大事だと感じるからではないでしょうか。

わたしは旅を続けておおらかになりました。旅先だと、腹立たしいことがあってもいちいち怒っていられない。「この国は時間にルーズだからしょうがないか」とか、受け入れちゃうようになったんですよね。

旅はいろんなものを与えてくれます。自分を強くしたり、勇気をもらったり、成長を実感したり。それらは、日常のなかでなにかを判断するときの材料になっていく。
旅というのは、そうやって人生の選択肢を増やしていく行為かなと思っています。

旅の本質は、これからも変わらない

外出自粛期間の最初の頃は、丁寧な暮らしをする時間があることがうれしくて。三食ちゃんとご飯を作り、1日1カ所集中的に掃除をして、散歩をして……あと、クッキー作りにもハマりました。でも、だんだんマインドが変わっていきました。暮らし以外のことも考えたくなっちゃって、やっぱり旅に行きたいなとか、そういうモードになっていったんです。世界の人々や風景を収めたTRANSITの写真集があるんですが、それを眺めていろんな場所へ思いを馳せていました。

これから、旅はどうなっていくんでしょうか。移動が推奨されないうちは、週末を使って台湾においしいものを食べに行こうとか、ふらっと出かけるような旅は少なくなるのかもしれません。知りたいことや学びたいことがあるなど、もうちょっと目的がはっきりしてくるのかな。

それでも、知的好奇心を叶えるような旅は、これからも変わらず求められていくはずです。移動すること、旅をすること。人類にその本能があるかぎり、旅の本質は変わらないと思います。

いつかまた旅する日を想う

いつかまた旅する日を想う

講師:林紗代香(『TRANSIT』編集長)

2020年度の講座はLUMINE CLASS ROOM LIVEとして動画のライブ配信形式でお届けしています。7月講座の講師は、トラベルカルチャー誌『TRANSIT』編集長の林紗代香さんです。少しずつ日常を取り戻しつつある状況で、「いつかまた旅をする」そんな日常に思いを馳せながら、旅への想いを温めるお話をしていただきます。
また、ライブ配信中に林さんへの質問コメントを募集しますので、ぜひご参加ください。

< YouTubeでのライブ配信 >

配信日時
2020年7月22日(水)20:00~21:00
配信方法
上記日時にYouTube上でライブ配信
→公式アカウント「LUMINE Official」はこちら
YouTubeへ

林紗代香(『TRANSIT』編集長)

岐阜県生まれ。『TRANSIT』の前身となる『NEUTRAL』に創刊時より参加。その後『BIRD』編集長など、いくつかの雑誌編集部を経て、2016年よりトラベルカルチャー誌『TRANSIT』に参加し編集長を務める。2019年秋、TRANSIT初となる2冊の写真集を発売。現在、「美しき古代文明への旅」特集の最新号が発売中。