世界の暮らしをめぐる僕の旅
世界各国を巡るロードトリップを重ね、現地にあるリアルな日常を綴られた、ビジュアルトラベル誌『LUKETH ルークス』を創刊したNoritoさん。4月26日に開催されたCLASS ROOMの講座「世界の暮らしをめぐる僕の旅」では、さまざまな国のローカルエリアを車で旅するユニークな旅路、そして現地の暮らしにふれる醍醐味を語ってくれました。その内容をご紹介します。
インターネットや本には載っていない、その国のリアルにふれる旅
Noritoさんの初めての車旅は、スペインでした。バルセロナからアンダルシアまで約1ヶ月をかけて縦断。もともと世界中を走ってみたいという想いが高じて車旅を始めたそうですが、実際に行ってみると、公共交通機関では行くことが難しい場所へ行ける、時間に縛られることなく自分のペースで移動できるなど、旅の魅力をより深くしてくれるものだったと言います。ただし、車旅ならではの苦労もあるのだとか。
海外での運転は想像していた以上に戸惑いましたね。左右の操作や走行が逆になることや、標識やルールもわかりづらいので、常に周囲の動きを注意深く観察しなければなりません。日本では考えられないようなスピードを出すし、交差点では、ラウンドアバウトという方式と信号機が混在しています。あと、赤信号でも自己責任において右折(日本での左折)は構わないという国もあったりしますから、信号だけに頼っていたら後ろから突かれたりもします。とにかく自己判断に委ねられている部分が、とても大きいように感じます。これも文化でしょう。少し疲れますが、ドライバー同士のコミュニケーションも多いので、運転していて楽しいですけどね。
行き先も宿もノープラン、とにかく事前に情報を持たないのがNoritoさんの旅の作法。思いのままに道を進み、雰囲気の良さそうな街に降りて、カメラを片手に写真を撮りながら、出会いを求めて街を歩きまわるのだとか。小説『ドン・キ・ホーテ』の舞台となったラ・マンチャ地方、スペイン郊外の旧市街など、スクリーンには昔ながらのスペインの街並みが次々と映し出されていきます。
僕の欲しいローカルな情報は、インターネットや本には載っていないことがほとんど。自分の足で探すか、現地の人に尋ねるしか方法がない。街に立ち寄って、現地の人にコンタクトすることで「ここに寄ってみなよ」と、自然と次の行き先が決まっていきます。スペインのアンダルシア地方だと、地名に「○○デ・ラ・フロンテーラ」が付いているところはすごく良かった。情緒のある古い街並みに、ローカル感あふれる人たちが陽気に暮らす様を見ることができました。公共交通機関だと不便な場所にあることが多いですが、時間に余裕があれば、ぜひ足を運んでみてください。
車で走るだけの旅から、人の暮らしにふれる旅へ
スペインのあと、アメリカや東欧などを走って廻りましたが、1年経つ頃には、車で走ること自体の刺激は次第に薄れていったと話すNoritoさん。
もちろん景色はすごく雄大できれいだし、日本では走れないよう環境の中でドライブするのは最高でした。ただ、それまでの旅を振り返ったときに、意外に心に残るものがないことに気がついたんです。欧米では、地方によっては少なからず人種の壁を感じましたし、僕自身も一歩踏み込めていなかったように思います。そこで、コミュニケーションの壁の低いアジアに足を向けることにしました。運転の難易度が高いので、それまでは避けていたんですけどね。
アジアの中で最初に向かったのは、微笑みの国、タイ。街で写真を撮っているときに、来日経験のある年配の女性と意気投合し、自宅に招かれたのだとか。その彼女の家は、なんと線路の上。
知識としては知っていたんですが、テーブルや洗濯物など日常の生活品が線路の上に置いてあるんですよ。それを、汽車が通るたびに家族みんなで線路の外に移動する。汽笛が遠くで聞こえると、それは立ち退きの合図。まるでお祭りのように子どもたちが大はしゃぎしながら、大移動を始めます。そして当然のように、僕も人手として担ぎ出されことに。そのお礼にご飯をふるまってくれたりして、お互いの暮らしのことや、日本でのことを話しました。本当に他愛のない、片言で何てことのない会話をした3日間だったのですが、それまでのどんな絶景よりも、深く心に残ることになったんです。それからの旅路は、もう走ること自体が目的ではなく、人の暮らしぶりや、その背景にある文化や歴史といったものに目が向くようになっていきました。
そんな旅路を重ねていく中で、強く印象に残ったのが、現在でも社会主義を貫くキューバだったのだとか。社会の中で「競争」という概念が存在しない国。決して物質的な豊かさはないけれど、みんな笑顔で楽しそうに踊りながら生きている。「こういう世界感の暮らしぶりもあるんだな」と感じはじめたことが、『LUKETH』を出版するきっかけに繋がっていったのだそう。
そして、次号に予定しているテーマが「イングランドとインド」。イメージのまったく異なる2つの国ですが、統治時代を経て、文化的にも社会制度にも互いの色が暮らしの中で今もなお受け継がれていると話します。
少し大きな話しになりますが、どちらの国も階級の制度や意識が暮らしの中に根付いています。インドではリアルにカースト制度が残っていて、身につける教養や職業、結婚さえも自分の生まれた地位が関係してきます。インドで出会った、憎たらしいほどあつかましく、図々しい男がこぼした「自分に何ができる」という言葉が深く印象に残っています。一方、イングランドでは、制度としては撤廃されつつも、出身や階級の意識は心のどこかに残っているようでした。そんなイングランドで耳にしたのは「自分らしく生きる」という言葉。ブランディングや人の目にとらわれることなく、やりたいことを貫くといった思想です。良い学校を出ても、それを活かすような進路でなくて全然構わない。現在の自分の声に正直に生きることが本質だと、彼らの目は物語っているようでした。生まれたときから「枠」があることで、かえって他人との比較に惑わされることなく、達観にも似た心情を持つことができるのかもしれませんね。
いろいろな概念にふれることで、本当の自分に近づいていく
さまざまな国の暮らしや概念にふれ、価値観や考え方の違いを目の当たりにしてきたNoritoさん。旅を通して世界を見る中で、Noritoさんはどのように変わっていったのでしょうか?
どんなに旅をしても、小さい頃から何十年もかけて染み付いた自分の根っこや本質は変わりません。ただ、たくさんの概念にふれることで、物事をいろいろな角度で捉えられるようにはなっていきます。そうすると、日々の自分の中での「選択」が変わっていくことがあります。人生が選択の連続である以上、そういう意味では、最終的にたどり着くところは変わっていくんじゃないかな。そもそも、知識が少ない上でする「選択」は本来の自分ではないと考えています。何かを知った上で選択が変わるのは、変わったというより、本来の自分に近づく行為にほかならない。だから、なるべくたくさんの知識や概念を吸収することで、選択の精度は上がっていく。これが、僕が旅を重ねていく中で実感しているひとつの答えですね。
講義の最後は、CLASS ROOM恒例の質問。Noritoさんにとって「いい暮らし」とは?
とてもシンプルなことですが、僕にとっての「いい暮らし」とは、自分の声に正直に生きること。現代の暮らしには、過度ともいえる情報が溢れすぎていて、そんな当り前のことさえ、できにくくなっていると感じています。情報は、内容と使い方によって、毒にも薬にもなる。他人の目や暮らしぶりに惑わされないように、自分らしい暮らしを送りたいものですね。
Norito(LUKETH編集長)
香川県出身。2013年より世界各地を車で巡るロードトリップに出る。ローカルエリアを中心に人々の営みや日常風景を写真に収め、世界のライフシーンを綴ったビジュアルトラベル誌『LUKETH(ルークス)』を創刊。2015年にはインドのラージャスターン地方を巡った旅をテーマに、東京/神戸にて巡回展を実施。今後の旅模様についても、本誌や個展にて随時発表を予定している。
【ウェブサイト】http://luketh.com/