女子のための音楽入門講座
カセット音楽を中心にアナログメディアを取り扱うセレクトショップ「waltz(ワルツ)」。2015年8月にオープン後、音楽を愛する人々の間で口コミが広がり、アーティストやモデルも通うお店になりました。2018年6月の講座では、ご自身もコレクターだった店主の角田太郎さんに、アナログ音楽を生活に取り入れる豊かさについて教えてもらいました。
デジタルを知っているから気づくアナログの心地よさ
みなさんは、日常的に音楽を聴いていますか? waltzでは、“音楽を通して生活をちょっと豊かにしてみること”を提案しています。あえてアナログにこだわると、デジタルでは味わえない体験ができるんですよ。
講義が始まるとすぐに、角田さんはアナログで聴く音楽の魅力について話しはじめました。まるで、話を聞きに来てくれた参加者のみなさんを特別な場所に招待していくみたいに。
デジタルと比べてみたら、わかりやすいかな。デジタルって、SpotifyやApple Music、YouTubeのようなストリーミングとか、ファイルをダウンロードするような音楽なんですね。あと、CDやDVDもデジタルなんですよ。それに対して、アナログってレコードやカセットテープなんです。みなさんの中には、レコードブームを知っている人はいますよね? それを追うようにして、カセットテープも流行ってきているんですよ。
アナログで聴く音楽には、どんな魅力があるんだろう?
例えば、柔らかい音質は魅力的です。ハイレゾって聞いたことはありますか? 耳で聞こえないような音まで再現できる技術なんですが、ぼくは聴いた時に自分が心地良い音質があったらそれで十分なんじゃないかなと思っています。人間ってアナログですから。立派なオーディオで音楽を聴かなくてもいいんですよ。ぼくなんか、仕事をしている時に、テーブルに置いた小さなラジカセで聴く音楽がすごい心地良く感じます。それはデジタルを経験した耳だから気づく発見で。カセットテープの音楽には丸みがあって、すごい新鮮なんですよ。
2000年代から火がついたカセットテープでしか聴けない音楽の数々
人間が心地良く感じる音を奏でるカセットテープ。実は2000年代から世界的に流行してきた新ジャンルなのだとか。
2000年の後半に、アメリカ西海岸のインディーシーンでじわじわ盛り上がってきました。アメリカは、古い車を大切に乗っている人が多くて、オーディオでカセットテープを使うことが少なくないんですね。そんな車の中で聴く音楽って、気持ちいい。だからカセットテープでリリースするアーティストが出てきて、いつしか東海岸まで伝わり、全米から世界まで浸透しました。今では、ジャスティン・ビーバーやテイラー・スウィフトのようなメジャーアーティストも新譜をカセットテープで出すようになったんです。
カセットテープは、世界中のアーティストやクリエイターを虜にしています。日本でも1980年代に普及していましたが、今の流行はそれと全く異なるそうです。
80年代の日本では、レンタルショップで借りたCDをカセットテープに“録音”して楽しんでいました。でも今流行しているのはアーティストがカセットテープに“収録”した新譜を楽しむ音楽なんですね。レコードに比べて、制作コストを6分の1以下に抑えられるカセットテープなら、中小規模のレーベルでも新譜をリリースしやすいんです。そのおかげで、他のメディアでは聴くことができない音楽もたくさんありますよ。
そう言って角田さんは、会場中を包む音量で、持参してくれたカセットテープを掛けはじめました。
自分だけの時間をサポートする音楽を届けたい
現在のカセットテープカルチャーには、象徴的なジャンルが5つあります。1つ目は、ビートテープです。ラップの入っていないヒップホップのような音楽で、アメリカ西海岸から火が着き、世界中に広まりました。2つ目は、インディーロック。メジャーアーティストがデジタルでリリースする楽曲よりも、素材感がはっきりしていて、つくりが優しいですよね。3つ目は、エレクトロニックです。ビートが派手な音楽。今日は音量を大きくしているので、低音が強く、机に振動が伝わっていますよ。4つ目は、アンビエント。ちょっと静かで、瞑想的な音楽です。フィールドレコーディングといって、鳥の鳴き声や川のせせらぎが入っていて、聴くとリラックスできます。そして5つ目が、エクスペリメンタルです。ノイズを楽しむような実験的な音楽で、アートギャラリーに行くと微音でよく流れています。
どのジャンルも丸みの中に芯の通った音でした。講義を終えると、参加者のみなさんから数々の質問が寄せられます。例えば、こんな質問がありました。
Q.アナログメディアを長く楽しむために、音楽環境はどのように整えたらいいですか?
アナログに限らず、高温多湿に弱いので、押し入れにしまって置いたままにすると、ダメになりやすいです。あと、全く使わないで置いておくと、ダメになってしまいます。家電製品全般に言えるんですけど、電流を流すことって、血液が流れているのと似ているんですよ。ただ、どんな物にも寿命はあって、ラジカセの場合はカセットテープを回す部分がゴムでできています。それは劣化すると回転しにくくなったり、テープが切れてしまう原因になったりするんですね。でも大丈夫。ゴムの劣化なら直すことはできますから。
Q.角田さんが最近よく聴く音楽は何ですか?
音楽は仕事で聴くことが多くなってしまって、良かった作品はwaltzで販売しています。ただ、そればかりだと疲れてしまうので、自分の好きな音楽をゆったり聴きたくなるんですね。そういう時に、僕はブラジル音楽を聴いているような気がします。中でも、ブラジリアンジャズはよく聴いているんじゃないかな。
最後に、CLASS ROOM恒例の質問にも答えてもらいました。角田さんにとって、「良い暮らし」って何でしょう?
自分だけの時間が持てる暮らし。ニュートラルに、自分のことを考える時間を持つことはヘルシーな気がします。生活にそんな時間をつくる上で、音楽がサポート役になれたら最高かな。
角田太郎(waltz店主)
1969年、東京都生まれ。CD/レコードショップ WAVE渋谷店、六本木店でバイヤーを経験後、2001年にアマゾン・ジャパンに入社。音楽、映像事業の立ち上げに参画。その後、書籍事業本部商品購買部長、ヘルス&ビューティー事業部長、新規開発事業部長などを歴任し、2015年3月に同社を退社。同年8月に東京・中目黒にカセットテープやレコードなどを販売するヴィンテージセレクトショップwaltzをオープン。また、さまざまな企業や店舗、イベント等のための選曲を行うほか、同ショップは、2017年12月、Gucciがブランドのインスピレーション源になった場所を紹介するプロジェクト「Gucci Places」に日本で初めて選出された。