2018.10.11
Report 1/3

本屋の楽しみ方

講師:森岡督行(森岡書店 代表)

中央区銀座1丁目に1冊の本を飾る小さな部屋があります。森岡書店 銀座店です。ここでは、週替わりで1冊の本が展示販売され、本にまつわる人々の睦まじい光景が表われます。2018年8月の講座は、そんな森岡書店 代表の森岡督行さんに「本屋の楽しみ方」を教わりました。

本の周囲に来て幸せを得る

2015年に森岡書店 銀座店を開くまでの約10年、森岡さんは書店にギャラリーを併設した茅場町店を営んでいました。

ギャラリーを併設していたところ、出版イベントの企画をいただくことができまして。繰り返し開催していると、1冊の本があれば、お客様が来店してくださり、本が売れていくこと。そして、読者をはじめ、著者や編集者など1冊の本の周りにいる人々がとても幸せになっているということに気がつきました。この1冊さえあれば、ほかにいらないと思えたことは銀座店を開店するうえで大きかったと思うんです。

一冊、一室。という着想を得て、森岡さんは銀座店を銀座1丁目に開きます。昭和4年に建築された鈴木ビルの1階に。

鈴木ビルとの出合いも非常に大きいものでした。このビルのような近代建築は、屋内に入っただけで東京ではない別の場所にに来たような感覚を得られます。そういう身体的体験ができる、時間や空間をつくることができると思いました。

世界観を広げる場面に身を置く

集う人々の心地をはじめ、空間や時間に気を配る森岡さんには、展示する1冊を選書する際に意識することがひとつあります。

自分を超えた驚きがあるといいなというふうに思っていまして。茅場町店で写真家 村東剛さんの“おとちゃん”というインコの写真を展示した際に、インコ好きな人が方々から来店してくださって、楽しそうに話をしているという光景が広がっていったんです。すごい新鮮でしたし、まだ知らないところにこういう場面を求めてくださる人々がいるんだと勉強にもなりました。以来、自分の世界観を超えた広がりに関心を持っています。本は、そういう機会を築くことに有効だと思うんですね。

本が世界観を広げる機会を築くように、本屋には世界観を広げる場面が息づいていそうです。

変化が早くて、先の読めない時代ですから、自分自身の感性や勘を頼りに働き、暮らすことになります。そんな時代に、本屋は感性や勘を磨くのにぴったりな場所なんだろうなと。本屋はますます脚光を浴びて然るべきですよね。

森岡さんは他店で本を買う際も、世界観を広げる場面に身を置くことを楽しんでいます。

2017年は銀座 蔦屋書店でよく買いました。それは、写真集コーナーの担当者さんがとても博識で、次から次へと質問に答えてくれるのが面白かったから。どこの本屋も店員さんがこだわりを持っているんじゃないでしょうか。話を聞きに本屋に行って本を買うというのは非常に楽しいと思いますよ。

記憶が付される「かけがえのなさ」に豊かさを感じる

1時間の講義は、あっという間におしまい。参加者のみなさんから森岡さんへの質問が寄せられました。

Q.森岡さんが「この仕事をしていてよかった」と感じるのはどういう瞬間ですか?

毎日の出合いを楽しみに感じています。銀座店にいますと、さまざまな人々と知り合うことができるので、今日はどんな人に出合うんだろうという感覚はあると思っています。

Q.紙の本を売る森岡さんにとって、電子書籍はどういうものですか?

私もパソコンで検索したり、スマホをよく見たりすることは日常茶飯事になっているので、電子のメディアにはすごく親しみがあります。それだけに紙と電子の違いって何だろうと考えるんですよ。明確に答えることはまだできなくって、情報を収めるスペースとしては電子が優れているのは確か。でも……かつて中野にあった『クラシック』という喫茶店を思い出すんです。その喫茶店で聴いたクラシック曲はどれも忘れ難い経験として残っていて、そういう感覚のどこかに紙と電子の違いを探すヒントがあるような気はしています。

最後に、CLASS ROOM恒例の質問にも答えてもらいました。森岡さんにとって、「良い暮らし」とは何でしょう?

ものに感じることが、ものを超えた何かになっていくことは豊かだなと思います。ものに家庭や地域の思い出が付されていって、個人にとっての遺産になっていくような、かけがえのなさをたずさえることができると、良い暮らしではないでしょうか。本も、そういう存在になり得るひとつだと思うんです。

>>交流会の様子はこちら

森岡督行(森岡書店 代表)

1974年生まれ。著書に『Books on Japan 1931-1972』(BNN新社)、『荒野の古本屋』(晶文社)などがある。出展、企画協力した展覧会に『雑貨展』(21-21design sight)、『そばにいる工芸』(資生堂ギャラリー)、『エルメスの手しごと展 “メゾンへようこそ”』(銀座メゾンエルメス)などがある。『工芸青花』(新潮社)編集委員。同サイトにて日記を連載中。森岡書店のビジュアルデザインとブランディングに対し2016年、レッド・ドット・デザイン賞(ドイツ)、iFデザイン賞(ドイツ)、D&AD・Wood Pencil賞(イギリス)、グッドデザイン・ベスト100(日本)を受賞した。本年、第12回『資生堂 art egg賞』の審査員をつとめている。

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