ゆっくり流れる時間を愉しむクラフトビール
ビールといえば、キンキンに冷えたジョッキの生中という方も多いでしょうが、実はそれはビールの魅力のほんの一部。ワインのように色、味、香りもさまざまで、醸造家のこだわりが詰まったクラフトビールが日本にはたくさんあります。そんなビールの魅力について、クラフトビール「COEDO」のファウンダー・CEOをつとめる朝霧重治さんにお話をうかがいました。
ビールづくりは「足し算」
「ビールは苦味だけじゃなくて、酸味、甘み、口当たり、炭酸、のどごしと、いろんなマウスフィールがあります」。講座のスタートはこんな言葉から。朝霧さんがビールづくりで大切にしているのは「職人道」、そもそもクラフトビールとは、「職人=クラフト」とビールを組み合わせた、アメリカで生まれた造語。朝霧さんは、日本を含めたアジアでは、その多様性を目にする機会がなかっただけだと言います。
ビールの歴史は古く、初めてつくられたのはエジプト、メソポタミア文明の頃。それがヨーロッパに伝わり食文化として広まります。そもそもヨーロッパの南側の地域は気候も暖かく果物がよく育つため、糖分の高いブドウを原料とするワインづくりが主流。しかし、北は冷涼で晴天率が低く果物の栽培には向きません。そこで広まったのが、麦を原料とするビール。ドイツ、ベルギー、イングランドなどを中心に、中世にはその製法も確立していきます。
北国の果物で代表的なものにリンゴがあって、シードルやサイダーといったリンゴを原料にしたお酒もつくられています。お酒って、身近にある甘いものを原料にするものなんですね。でもヨーロッパのリンゴって糖度があまりなく、発酵させてもアルコール度数が低い。欧米の人はアルコールに強いので、それだけでは物足りなかったのかもしれません。その代わり、日本人がお米からお酒をつくったように、麦からつくるお酒、ビールが広がっていきました。
続いてプロジェクターで映し出されたのは、ローストの程度が異なるさまざまな麦芽。ビールの色と味わいを決める「モルト」です。たとえば黒ビールが黒いのは、焦げた麦芽を使うため。こうしたロースト加減や麦芽の種類の組み合わせによって、さまざまな色と味わいのビールが生まれます。そして、ビールに苦味と香りをつけるのがハーブである「ホップ」です。
原料の加工も必要だし、ビールにはすごく人の手がかけられていて、それが豊かなバリエーションを生んでいる。どんどん足し算をしている感じです。実はモルトとホップの他に、副原料が加わることもあります。ベルギーではラズベリーやカシス、サクランボ。僕らの地元、埼玉の川越であればサツマイモとか。ビールの副原料からは、その土地の文化も感じられます。
そして、ビールづくりに欠かせないもうひとつの原料が酵母。酵母にどういう餌を与えたらいいかをいつも考え、丁寧に世話をして外の菌から守ってあげる。「ビールをつくるのは人間じゃない、酵母なんです」と朝霧さん。
ビールをつくるということは酵母を育てること。言ってみれば僕は「生き物係」なんです。たとえばヨーグルトを食べたあとに醸造所に行くと、僕の口から乳酸菌が発散されて、ビール酵母たちが負けてしまう。チーズや納豆もダメ。なので、ビールをつくるときは発酵食品を食べてはいけないという、すごくストイックな毎日になります。
食とビールの相性を考える「フードペアリング」のすすめ
COEDOが掲げているのは、食とビールの味わいの相性を考えるということ。ビールのおつまみといえば枝豆、唐揚げや焼き肉にもビールが定番ですが、これは味わいを合わせるというよりは、脂っこいもの、塩辛いものをビールで「リセットする」という感覚。厳密には味わいが合っているというわけではないのだそう。
イベントなどのときは、必ず食とビールの相性を、料理家の方たちに協力してもらって用意します。たとえばCOEDOビールの「紅赤」は甘い感じのタレとすごく相性がいい。川越はうなぎが名物なので、蒲焼きを合わせます。食材の色とビールの色を合わせると、味の相性がよいことが多いですね。それから濃い味わいのものには濃厚なビール、辛い料理には酸味のあるものを合わせたり、暑い日は軽快なアルコール度数が低いタイプをチョイスしたり……。
朝霧さんがクラフトビールの魅力としてあげたのが、リーズナブルなところ。海外でたくさんの賞を受賞するCOEDOビールでも1本267円から。ワインと同じように職人の手によって丁寧につくられたものでも、毎日気軽に、生活に取り入れて楽しむことができます。
そして、味わいの濃いクラフトビールはぬるくてもおいしい。温度によって変化する味わいを楽しみながら、料理と一緒にゆっくり楽しむことができるといいます。
ぜひ好きな温度帯を探してみてください。わざわざ温度調整をするのは難しいので、まずはキンキンに冷やしておいて、そこから一気に飲んでしまわず料理を食べながら、映画を観ながらゆっくり飲む。そうすると、自然と自分の好きな温度に気づけると思います。
食文化として楽しむ。職人がつくる手づくりビールの魅力
今は世界的にクラフトビールの面白さが再注目される、まさに「ルネサンス期」。日本でも新しくビールづくりを始める方が多く、豊富な種類を食文化として楽しめるようになってきているそうです。
みなさんは、いろんな種類のビールをどんどん楽しめる、とてもラッキーな時代に居合わせていると思います。よく「協働による共創」と言っていますが、いろんな醸造家が知識をお互いにシェアしながら、よりいいものをつくろうという雰囲気が満ちあふれている。僕たちCOEDOもカリフォルニアの醸造家たちと一緒にきなこと黒蜜でビールをつくってみたり、ウイスキーの樽でビールをつくってみたり、いろんな挑戦をしています。
講義の終わりには、参加者のみなさんからのたくさんの質問に答えてくれました。「ビールを飲んで一番幸せだったシチュエーションは?」という問いには「お客さまと飲んでいて、おいしいビールをつくってくれてありがとうと言われたとき」、「どのクラフトビールがおすすめ?」という疑問には、「どれも本当においしいので、気になったものは全部試してお気に入りの1本を探してみてください」などなど……。ビール愛あふれるコメントが多々。
そしてクラスルームお約束の質問。朝霧さんにとってよい暮らしとは?
「好きだなあ」と思えるものに、ひとつでも多く出会っていくことかな、といつも思っています。やっぱり、自分が「いいな!」と思える瞬間こそが、すばらしい。抽象的ですいません(笑)。
朝霧重治(COEDO ファウンダー・CEO)
埼玉県川越市生まれ。Beer Beautifulをコンセプトとする日本のクラフトビール「COEDO」のファウンダー・CEO。川越産のサツマイモから製造した「紅赤-Beniaka-」を筆頭に、日本の職人達による細やかなものづくりと「ビールを自由に選ぶ』というビール本来の豊かな味わいの魅力を、クラフトビール「COEDO」を通じて、武蔵野の農業の魅力とともに発信。品質やブランドデザインについても世界的な評価を受けている。COEDOは現在、アメリカ、オーストラリア、中国、シンガポールなど各国に輸出されており、グローバルな視点での活動も進めている。