個性を楽しむ
『装苑』編集長の児島幹規さんとスタイリストの相澤樹さんを迎えて開催した、2018年1月の新年特別講座。ファッションや雑誌づくり、スタイリングを中心に、「個性」をテーマに縦横無尽に話題が飛び出しました。トーク中に参加者の方から質問が飛び出すなど、これまでになく自由な形で進んだ講座の様子をどうぞ。
「売れているもの」ではなく、「好き」を見つける
まずは児島さんのお話を中心に講座が進みます。児島さんは『Begin』『Men's Ex』などメンズ誌の編集長を歴任。そして『装苑』編集長に就任したのが2013年秋のこと。ところが、当初は「編集長」でなく「事業部長」としての依頼だったのだとか。
事業部長として出版と関わるのもいいかなと思ってそのオファーを受けたんです。そうしたら就任の前日に、『装苑』の編集長も兼務だと聞かされて驚きました(笑)。長い歴史のある雑誌ですが、ほとんど何も知らない状態で編集長になってしまいました。(児島)
さらに就任時は、編集部がアートディレクターの変更を検討していたところだったそう。そこで児島さんは、思い切ってアートディレクター(AD)を固定せず、毎号異なる人を起用するという決断をしました。
『装苑』が担っているのは、これからファッションを好きになる人を増やすこと。「いま売れているもの」を教えるメディアはいくらでもあるので、自分はどういうものが好きなのかを見つけられる雑誌であるべきだと考え、そのために自由度を必要としたこと、また、編集部自体もいろんな人から刺激をもらいたいという思いもあって、ADを毎号変えることにしました。変化があるぶん安定して見えないので、当初は「何がしたいのかわからない」など陰口を言われていたようですが(笑)、そういう人は、自分の考えが固まってしまった人か、それなりの年齢の方。ですが、読者は柔軟な感性を持った人や、若い人なんです。(児島)
雑誌のあり方によって、アプローチは違う
毎号アートディレクターを変える環境を生かして、カルチャー特集号の表紙にPerfumeが登場した際は吉田ユニさんを起用し、話題となりました。ただし、最初に提案された美しいデザインを児島さんはあえて変えてもらったそう。その意図とは?
提案してもらったデザインのほうが圧倒的に美しかったんですが、カルチャー特集というイメージが残らなかったんです。その説明をして、カルチャーという言葉の入ったタイトルを大きくしてもらいました。話は変わりますが、それから1年後、SNSでこの表紙のパロディを発見したんですけど、うれしかったですね。それは誰かの記憶に残る仕事ができたということで、人やモノの個性が伝わったっていうことですから。(児島)
『装苑』は、幅広いテイストを扱わなければならないため、ファッションのカテゴリーを絞り込めない独特の難しさがあると児島さん。もちろん、これまで手がけた雑誌にもそれぞれの難しさがあり、初めて編集長を務めた『Begin』では、当時、知名度がない中でなにをすればよいかを考え、「誰もやりたがらないこと」をやろうと決めたそうです。
『Begin』の編集長になったのは34歳のときでしたが、大手出版社のようにお金や人脈を使うわけではなく、誰もやっていないことをどうすればできるのか、1ヶ月半ぐらい悩んでいました。その結論として出たのが、人がやっていないこと、イコール人がやりたくないこと。つまり、人がやりたがらない面倒なことをやれば、誰もやっていないことができると気が付いたんです。そこで、モノを紹介するときは工場まで出向いたり、存在していなかった年表や相関図をつくったり、素材を事細かに解説するなど、面倒なことを楽しく伝えました(笑)。そうしたら、3年半後に実売部数が10万部を突破するまでに。有名なモデルやスタイリストなどを使わずにそこまで行けたのは、そのしつこさやこだわりが『Begin』という雑誌の個性になったからだと思います。(児島)
悩んで動けなくなる前に行動すること
児島さんは話の途中、「気になること、聞きたいことがあれば、僕の話をさえぎってでもどんどん質問してください」と会場に呼びかけます。その言葉を受け、さっそく挙手による質問が飛び出しました。これには相澤さんもびっくり。
こういう場でも質問が出るんですね。私が文化服装学院で授業をするときは、なかなか質問が出てこなくて。やっと出てきたと思ったら、「何年目で元がとれますか?」って聞かれて、口ごもりましたけど(笑)。最近の子は現実的なことを考えるなぁって驚きました。(相澤)
さて、参加者の方からの質問は「どういうふうにこだわりを持てばいい?」。これに対する児島さんの回答は……。
『Begin』はタイトルで気を引き、読んで楽しませ、キャプションと写真で説明するというバランスで、すべてに因果をもたせることにこだわりました。何にこだわるかを考える前に、編集が明確な目的を持つ必要があるわけです。『装苑』の場合はまったく違って、とにかくビジュアルとしての誌面から何を感じてもらうか。最近ではそこに文字の効果も加えていますが、あきらかに写真とデザインが先。つまり雑誌を「読んで」もらうのか「見て」もらうのか、どちらが先かで、同じ雑誌でもつくり方は変わります。(児島)
児島さんは「どんなときでも、受け身ではもったいない」と話します。たとえば『Begin』でダウンジャケットを紹介した際は、中身のグースダウンを調べにハンガリーにまで出向き、暖かさを実証するためだけに、それを羽織って電車でスイスに向かい、マッターホルンの雪山に登ったそう。この行動力こそが、児島さんの個性につながっています。
去年、コシノジュンコさんとブルゾンちえみさんに『装苑』で競演していただきました。お願いしたのはテレビCMが流れる前でしたから、お笑いの方と一緒に、と言い出しにくくて。悩みながらもお願いしたら「どうして悩んでいたの、面白そうな話なんだから、迷わずすぐに言えばいいのよ(笑)」と怒られました(笑)。しかもテレビCMが流れる前に話をくれたのはあなただけ、いいセンスしてますね、と気に入ってもらえました。悩んで動けなくなる前に、まず行動してみる。それが一番大事なのかもしれませんね。(児島)
児島幹規(装苑編集長)
1968年生まれ。学生時代に編集アシスタント・ライターを経て、1992年世界文化社入社。2004年に『Begin』編集長、2009年から『MEN’S EX』編集長を務めた後、2013年10月より文化出版局、出版事業部長兼『装苑』編集長に。毎日ファッション大賞、Tokyo新人デザイナーファッション大賞、ORIGINAL FASHION CONTEST、浜松シティコンペ他、多くのコンテストで審査員も務める。
相澤樹(スタイリスト)
2005年よりフリーのスタイリストとして活動開始。エディトリアルを始めアーティスト、広告、CMなどジャンルを問わず活躍中。衣装デザイン、エディトリアルディレクション、空間プロデュースなど多方面の活動も行なっている。2017年ラッキースター所属。 著書:REBONbon(祥伝社)KAWAII図鑑(文化出版)