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きょうは本屋に寄って帰ろう/Vol.12(選者:木村綾子さん)

2024.05.31

本を愛するあの人が、ルミネのシーズンテーマを切り口におすすめの本を紹介。今回は、オンライン書店&出版社「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」の代表であり、文筆家でもある木村綾子さんが、「Twilight Chill -夏の夜の夢」をテーマにセレクトしました。
風が心地よい夏の夕暮れは、いつもより解放的でアクティブな気分になるもの。お祭りやフェス、ナイトマーケットなど、夜のアクティビティが儚い夜を特別なものに変えてくれます。夢と現実が交差するような世界に浸れるのも、この季節の醍醐味ではないでしょうか。
そんなイメージから木村さんが想起したのは、自身の記憶と深くつながる3冊。来たる夏、五感を刺激されるような読書体験を楽しんでみてください。

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』著:江國香織(角川春樹事務所)

今日はもう読むこと以外なにもしない。読んでる途中で眠ってしまっても、人さし指を挟んだまま閉じられた、そのページからまた再開すればいい。気ままに本を読んでいるときに味わえる、現実と小説と夢の境目があいまいになっていく瞬間がとても好きです。

『なかなか暮れない夏の夕暮れ』は、そんな甘美な世界を小説で描いてくれる一冊。主人公・稔の生活と、稔が読んでいる海外ミステリーが一冊のなかで同時並行に描かれるため、稔が本を手にすれば読者である私たちの前にも小説世界が開かれ、稔が読むことを止めてしまえば、続きを読むこともできない。そもそも私自身が寝てしまえば──。
〈左手の人さし指だけが、まだあの場所にいる〉
現実と小説のあいだを指一本で行き来するような読書を、なかなか暮れない夏の夕暮れに楽しみたいものです。

『浮き身』著:鈴木涼美(新潮社)

臭覚からの記憶は鮮明だから、なにか思い出すためににおいを手がかりにすることもあれば、ふとした瞬間におってきたものによって、どうしようもなく「そのとき」に引き戻されてしまう場合もある。とりわけ夏はにおいがよく立つ季節だから、油断なりません。

そう考えると、『浮き身』はものすごくにおう小説です。酒、煙草、マリファナ、香水、誰かの吐瀉物。それらのにおいが染み込んだ家具や壁、男と女が交わった気配……。
舞台になるのは歓楽街のマンションの一室で、主人公と一緒にその部屋にたむろしているのは、デリヘル開業の準備をする男たちと、そこで働く予定のデリヘル嬢たち。
嗅いだこともないにおい、記憶にもない人たちの「数週間」が描かれているのに、「知ってる」と思ってしまうのはなぜなのでしょう。
〈私たちは、夜になると地上からここ十一階まで上がって、浮くようにそこに居た〉
今日が明日に繋がってるなんて考えもせず、無意味であるほど楽しくて、無茶できるほどカッコいいと思えていた、あの頃。それは、かつてひとしく若者だった私たちが持っている共通の記憶だからなのだと、はたと気づきます。
浮くように生きていた記憶が、文字の放つにおいによって刺激される一冊。

『90Nights』著:藤代冥砂(トランスワールドジャパン)

あれは22とか23歳の頃のことだったから、もう20年以上も前のことになるのか。
大学院の学費と生活費を稼ぐため、週末の深夜から明け方にかけて、新木場のクラブでウエイトレスのアルバイトをしていました。体力的にも性分にも合わなくて、1年もたつまに辞めてしまったけれど、それでもバブルなんてとうに過ぎ去った2000年代初頭にも、夜ひらかれる世界が確かにあったことを肌感覚で知れたという経験は、なかったことにはしたくなくて、それこそ『浮き身』のように、ふとした瞬間ふいに思い出すワンシーンなのです。

『90Nights』は、90年初頭から東京に本格的に根付き出したクラブカルチャーを追体験できる写真集。GOLD、インクスティック、第三倉庫、ミロス・ガレージ、P.ピカソ、Yellow、CAVE、blue、マニアック・ラヴなどに夜ごと集まる人たちを、写真家として動き出したばかりの藤代冥砂氏がストロボ一発のシンプルな画面に写し込んでいます。
生々しくて、でも生き生きとしていて。かつて見た夢を思い出すようにして、ときどき本を開きます。

木村綾子
1980年生まれ。静岡県浜松市出身。明治大学政治経済学部卒業後、中央大学大学院にて太宰治を研究。10代から雑誌の読者モデルとして活動。現在は文筆業の他、ブックディレクション、イベントプランナーとして数々のプロジェクトを手掛ける。著書に『いまさら入門 太宰治』(講談社)、『太宰治と歩く文学散歩』(角川書店)、『太宰治のお伽草紙』(源)など。
2021年よりオンライン書店「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」を、2024年より同名で出版社を立ち上げる。一冊目の書籍は、町田康初歌集『くるぶし』。
https://www.instagram.com/kimura_ayako/
https://cotogotobooks.stores.jp/


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