2015.12.16
Report 1/3

パンを食べながら僕が想うこと

講師:池田浩明(パンラボ)

「パンラボ」を主宰している池田浩明さんは、パンを食べまくり、パンを書きまくる「ブレッドギーク(パンおたく)」。パンにまつわる著書も多数、『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)が発売間近の池田さんは、毎日、どんなことを考えてパンを食べているのでしょうか? 「パンとつながっちゃった」という“パン哲学”をどうぞ。

ない、と思ってもあるのがおいしいパン屋さん

最初に話してくれたのは、以前、自宅の近所で偶然見つけた「藤乃木製パン店」の話。古い商店街に溶け込む昔ながらのパン屋さんで、コッペパンやコロッケパンのあまりのおいしさに驚いたそうです。当時、おいしいパン屋さんがある街に住みたいと思っていた池田さんに、「一見なさそうでも、おいしいパン屋さんは発掘できる」ことに気づかせてくれたそう。ちなみに、そんなお店を見つけるときのポイントは「匂い」。

300m先からパンの香りがする店もあります。「これはおかしい、この距離で匂いがするわけがない」と思いながら歩いていくと、だんだん強くなってきて、やっぱりここじゃん! って。おいしいお店は匂いそのものがすごい、というのはありますね。香りが激しいお店もあれば、パンの純粋な匂いが際立つようなお店もあって。それぞれのお店に主張がある。

常に新しいパン屋さんを発掘しては「パンラボ」で紹介している池田さん、新たに出会うだけでなく、一度訪れたことがあっても、新たな楽しみがあるといいます。「僕の中にあるパンの宇宙みたいなものが常に揺れ動いている」という独特の感覚を、こんなたとえで教えてくれました。

風景でも、全体を見ているようで、どこか注目して見ているポイントがあるでしょう。味覚も同じで、最初に食べたときはこの味、2回目はこっちの味に気づいて「こんな魅力もあったんだ」と気づくことが多い。“味の周波数に舌が合う”感じ。そういう未知のものを味わいたい欲求と、同じ味をもう一度味わいたい欲求、きっとみなさんも悩むと思うんです。昼休みにあそこのパン屋さんでいつものあれを食べたい、でも全種類制覇もしてみたいって。冒険と再体験のはざまで揺れ動いているのかな。

おすすめの楽しみ方は、「食べ比べる」こと。同じ種類のパンを友だちと持ち寄ったり、同じお店でいろいろなタイプのバゲットを買ってみたり。ひとつのお店で種類の違うパンを味わうよりも、似たものを比較分析するほうが違いが明確にわかるそうです。

わずか1%の中でパンの哲学を表現する

いわゆる「フランスパン」は、小麦粉と塩と水と酵母だけでできた、最小限の材料でつくられているもの。同じ材料を使っていても、バタールやパン・ド・ミなど、成形の仕方やサイズが違うさまざまな種類ができる。同じお店でいろんなフランスパンをつくってもらったときの写真を見ながら、その違いを説明してくれました。

食べ比べると、同じ味だけど、明らかに違うんです。たくさんのパン屋さんが並ぶパリの街角でも、100mも離れていれば、ぜんぜん味が違う。たとえば皮の厚さだけでも、厚すぎると中身を侵食しちゃってバランスが崩れるし、薄くてもカリカリにならなくて物足りない。すごくミニマムな中で、皮と中身を調整して表現する、いわば規定演技のようなものです。99パーセント同じ中で、1パーセントだけ違う世界をみんなで追求している。その中に起承転結だったり、あらゆることを詰め込もうとしているんです。

そしてパン好きは、主に「皮派」と「中身派」に分かれる、と池田さんは言います。参考までに会場のみなさんに聞いてみたところ、皮派の人が多数。これは、皮のほうが焼かれているので味が強くてわかりやすいからで、中身はほんのりとした味がじわじわしてわかりづらいではないか、とのこと。自身も、かつては皮派だったそうです。

最初は皮の味ばっかり意識して食べていました。ところが、「サンス エ サンス」という店のリュスティックというパンを食べたとき、中身が“きてる”っていう瞬間があって。繊細で微妙な味がすごく表現されていて、「これが小麦の声だよ」と教えてくれているようなパンだったんです。皮の味が先にきて溶けてなくなって、その後じわじわとミネラル感だったり、穀物っぽい香りだったり、あるいは甘さがすごく表現されていて。それでわかったんです。これは中身もすごいぞ、と。

中身の味に気づいて以来、「開発された」池田さん。現在は、その年に採れた小麦を味わう「新麦コレクション」という団体を立ち上げて、なんと小麦粉の味の違いまでわかるようになったそうです。授業では、さらに五感を使ったパンのテイスティング方法も教えてくれました。

噛んでから喉で飲み込むまでは30秒くらい、その間に味はどんどん変化している。いよいよのときは目を閉じるんです。視覚情報を遮断して食べると味や香りがよくわかりますから。夜中にそうやって食べていると、味とリンクした映像さえ浮かぶかもしれません。ここまでやらなくても、皮と中身を別に分けて食べるだけで、きっと世界が変わってきますよ。

そのほか、「甘さへの感性」が豊かな女性にパン好きが多いこと、食材の色が似ているものは相性がいいこと、食べることでつくり手のパーソナリティがわかること、たまに食べるご飯が格別においしいこと……。パンにまつわるさまざまなトピックを、縦横無尽に話してくれた池田さん。最後は、定番の「よい暮らしとは?」という質問にこう答えてくれました。

僕は片付けも下手だし、ダサダサなので、参考になるところはない、と思う。雑誌に載っているすてきなライフスタイルのように目に見える部分も大事だけど、それより空想とかの方向にいっちゃっているので……。とはいえ、そればっかりでも僕みたいなおかしな人になってしまうので(笑)、バランスよく両方楽しめたら。それがいい暮らしかなって思います。

>>交流会の様子はこちら

池田浩明(パンラボ)

パンライター。パンの研究所「パンラボ」主宰。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを食べまくり、パンを書きまくる。日々更新されるブログ・twitterでは、誌面で紹介しきれないパンの情報を掲載中。主な著者に『パンラボ』(白夜書房)、『パンの雑誌』(ガイドワークス)などがある。
【BLOG】http://panlabo.jugem.jp/
【Twitter】@ikedahiloaki

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