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街のパン屋を守るセレクトショップ「BAKERs' Symphony」

2024.07.09

今年の春、JR新宿駅改札内「イイトルミネ」にオープンした、日本最大級のパンのセレクトショップ「BAKERs' Symphony(ベイカーズシンフォニー)」。東京、神奈川、千葉、埼玉の“街のパン屋”のパンを日替わりで1千種類以上も取り扱うという販売スタイルで注目を集めています。これまでにないビジネスを立ち上げたハットコネクトの代表取締役の中島慶さんに、「BAKERs' Symphony」が生まれたきっかけと今後の展望についてうかがいました。

街のパン屋改革で社会にインパクトを

2024年4月にJR新宿駅改札内に誕生したグルメスポット「イイトルミネ(EATo LUMINE)」。エリアの中心部でにぎわいを見せているのが、日本最大級のパンのセレクトショップ「BAKERs' Symphony」だ。「関東には美味しいパンがこんなにもある」をテーマに、東京、神奈川、千葉、埼玉エリアの街のパン屋のパンが並ぶ。その総数はなんと1千種類以上。1日に7回、曜日別に各ブランドのパンが入荷するので、日や時間帯によってラインアップが変わり、毎日のようにお店に足を運んでいるファンの姿も。店頭にはそれぞれのパン屋の職人の顔写真を掲載したポップもずらりと飾られていて、「こんなパン屋さんがあるんだ」「今度行ってみようかな」と親近感が湧く工夫もされている。

近年、街のパン屋の経営が危機的な状況にあるというニュースを耳にしたことがある人も少なくないだろう。東京商工リサーチによると、2023年度の街のパン屋の倒産件数は37軒と過去最多。円安や物価高、人手不足といったさまざまな理由により、苦しい状況に追い込まれているパン屋は多い。

「BAKERs' Symphony」は、そんな街のパン屋を守るためのプラットフォームだ。同店を運営するハットコネクトの中島さんは現在39歳。現在のビジネスを始めるまでには、こんなストーリーがある。

中島さんは慶応義塾普通部(中学校)・高等学校を卒業し、大学に内部進学したものの、「興味をもてる授業がなかった」と早々に退学。リクルートに入社して営業職を3年勤めたタイミングで、リーマン・ショックが起きた。もともと独立を考えていたことから、早期退職の募集に手を挙げ、退職金を利用して元同僚とIT関係の会社を起業。ビジネスは順風満帆で、利益率はかなり高かった。ところが、中島さんはチャレンジ精神旺盛で、「新しいアクションを起こすために動き続けていないとダメ」なタイプ。単に働いて利益を上げるだけではもの足りなくなってしまった。

「稼ぐだけならいつでもできる。それよりも、もっと社会にインパクトを与えられるようなことがしたいと思いました。例えば、基本的に利益率が悪くて儲からないんだけど、やり方次第では伸びしろが見えてくるような、面白い事業。そう考えたときに頭に受かんだのが、街のパン屋だったんです」

JR新宿駅改札内「イイトルミネ」内の「BAKERs' Symphony」。パンの種類が1千種以上と多く、じっくり見てまわる楽しみもある

参考にしたのは、意外にもあの異業種

2016年、31歳で自ら起業した会社を辞め、まずはパン業界の現実を見ようと、横浜市内の移動販売のパン屋に就職。営業担当として、百貨店での催事やイベント出店、卸など、新たな取り組みにトライした。しかし、いずれも人件費や配送コストがかかるわりに、利益はそこそこ。こうした取り組みに注力しても、パン屋の未来を安泰へと導くのは難しい、と実感したという。

きちんと利益が出て、永続性のあるパン販売のビジネスモデルはないだろうか。考えた末にたどり着いたのが、「商業施設内にパンのセレクトショップを常設する」というアイデアだった。買い手と売り手はもちろん、商業施設のニーズを満たす戦略まで盛り込まれたプランを練り上げた。

アイデアを練るなかで、買い手の期待に応えるために参考にしたのは、総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」と神奈川エリアを中心に展開する書店「有隣堂」だったと中島さん。一見、パンとは何の関係もなさそうだが、その理由をこう語る。

「どちらも究極のセレクトショップだと思いました。お客さんは単に物を買いに行くというよりは、そこにあるコンテンツを吸収しに訪れていて、店での滞在時間が長く、満足度が高い。それぞれのお店の売り場の編集の仕方やポップの内容、回遊性など、かなり研究しました」

売り手にとってのメリットは、一定数を定期的に買い取ってもらうことで安定した収益を得られ、廃棄ロスの心配もないこと。店の認知度が高まり、新たな顧客をつかむチャンスも出てくる。さらに、商業施設に対しては、コンセントから電源を引きづらいなどの理由でデッドスペースになりやすい場所を有効活用する、また、周りのテナントを巻き込んでエリアのレジをひとつに集約し、会計業務を効率化するという案をセールスポイントとした。

この企画を2019年12月に横浜高島屋に持ち込むと、さっそく2020年1月から同店で期間限定のポップアップイベントが実施できることに。2021年春からは常設店「KANAGAWA BAKERs’ DOCK(カナガワベーカーズドック)」を運営。さらに新たな展開として「BAKERs' Symphony」を立ち上げることになった。

ハットコネクトの代表取締役、中島慶さん。現在の活動を通して日本独自のパン文化を守るだけでなく、今後は日本の強みとして海外にアピールしていくことも視野に入れている

パン屋の屋号とレシピを守るために

「街のパン屋は日本の文化です」と中島さんは言う。

「日本はパンの種類がとにかく多く、世界一なんじゃないかと思うほど。バゲットや食パンなどヨーロッパから輸入されたレシピに加えて、菓子パン、総菜パンなど国内で独自に発展したものが多数あり、さらには店が開発したオリジナルのパンもあったりする。パン業界って大手の上位3社がシェアの5割近くを占めているんですが、シェアでいうと全体の2割に満たない1万軒くらいの街のパン屋に大量の素晴らしいレシピがあるんですよ。これは文化として、ものすごく価値があると思うんですよね」

そんな街のパン屋が消えゆく昨今、中島さんはパン屋の「屋号」と「レシピ」を守ることが大切だと考えている。そのための手段が「BAKERs' Symphony」の運営であり、さらに現在は、店の屋号とレシピを買い取って製造と販売を担い、店側にリベートを支払うという新たな取り組みも始めている。借金を返済できず、やむなく廃業の道を選ぶしかない街のパン屋の味を引き取り、作ったパンを「BAKERs' Symphony」で売る。その売り上げのいくらかを返すことで、返済に充ててもらうという仕組みだ。

「屋号とレシピを知的財産権のように保護するこのプラットフォームは、街のパン屋を持続可能にするための新たな選択肢です。いい商品を作り続けていれば、原料費の高騰や人手不足で店の体力が落ちても、リベートで稼げる可能性が出てきます」

また、社会全体が抱えている課題の解決に向けて、40~50代の女性を積極的に雇用しているのも特徴。少子高齢化が進んでいくなかで、「今後はこの層が活躍できる会社こそが伸びていくと考えています」と中島さん。極度にIT化を推進せず、この世代が働きやすい環境づくりを重んじているという。

てんとう虫のロゴが目印の「パンドットコム」は、かつて横浜市内で営業していたパン屋。現在はハットコネクトが提携し、屋号とレシピを引き継ぎ、パンを製造して「BAKERs' Symphony」で販売している

あるものをどう生かすかが大事

日本の独自のパン文化を守る「BAKERs' Symphony」のビジネスモデル。ただ、実際に運営するとなると、かなりの手間がかかるのだそう。4都県のパン屋から商品を集めるだけでも大変な労力がかかる。さらに商品を提供するパン屋が曜日ごとに変わるため 、集荷ルートも毎日異なるという複雑さ。今でこそ数百軒ものパン屋と取り引きしているが、ビジネスを始めた当初は1軒ずつ何度も足を運んで信頼関係を築き、契約につなげるという地道な苦労もあった。

「とにかく労力はかかりますが、良質なセレクトショップが生まれることで業界が救われるというのは、他業種にも応用できる仕組みだと思っていますし、広めたいという気持ちもあります」

人口減少や経済の縮小といった大きな課題を抱えるなかで、モノの価値や人の才能が最大限に発揮される仕組みづくりこそ、これからの日本に必要だと考えている中島さん。「あるものをどう活かすか」という発想は、私たちの普段の暮らしにも反映できるヒントになりそうだ。

店内にはパン職人の写真入りのポップがたくさん。「パンを焼いた人の顔が見えるので安心して買える」という声も

■BAKERs' Symphony
https://hatconnect.co.jp/brands/bakers-symphony/

※本記事は2024年07月09日に『telling,』に掲載された記事を再編集しております。
※情報は記事公開時点のもので、変更になることがございます。

Text: Kaori Shimura, Photograph: Ikuko Hirose, Edit: Sayuri Kobayashi

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