お客さんがマニアックになっていく
商品の良し悪しを僕らスタッフが決めることはせず、フラットに置いているのも発酵デパートメントの特徴かと思います。本当に超ローカルな、僕ですら「これ買うかな?」と思うものもあるんですけど(笑)、意外に売れたりするんですよね。
たぶん新しい味に出会ってみたいとか、自分の料理のバリエーションにないものを作りたいみたいな、能動的なお客さんが多いんだと思います。だんだんマニアックになって、最初は普通のお醤油を買っていたけど、そのうち「今度は普通じゃないお醤油を」「よくわからないものを買ってみよう」みたいに変化していく。たとえば最近すごく売れているのが、黒麹。泡盛をつくるためにしか使われない謎の麹菌があって、それでつくった麹なんですけど、本来、一般家庭では絶対に使わないものなんですよ。
知り合いに「試しに作ってみたから置いてみてくれ」と言われて、10個ぐらい売れたらいいなって思って並べたら、あっというまに仕入れた数十個がなくなっちゃって。そんなふうに、見たこともないし怪しいんだけど、食べたら気に入ってしまって、口コミでだんだん広がっていくようなことがあるんです。だから、売れ行きのデータは一応分析しているんですけど、分析してみたところでそれが売れる理由はわからないっていう、不思議な現象が続いています(笑)。
セレクトショップではなく「道の駅」
僕は人類学もやっているのですが、その観点からも発酵って面白いんですよ。人類史には“収斂(しゅうれん)”、つまり集約されていくことと、“拡散”っていうふたつの方向性があって、たとえば人類史を俯瞰で見るような本のほとんどでは、収斂の歴史が語られている。帝国が統一されて、マーケットが統一されて、というような話です。それに対して、発酵はどちらかというと拡散の力が強いものなんです。だから、ひとつの醤油が絶対的に売れることはなくて、ニッチなお醤油がロングテール的に売れ続ける。発酵デパートメントは、その集合体みたいなものです。
発酵デパートメントは高級スーパーでもなければセレクトショップでもなく、「発酵をテーマにした道の駅」だと言っています。道の駅って、主体的なキュレーションがされていませんよね。場所だけあって、そこに毎朝生産者さんが商品を持ってきて置くようなシステムになっていて、そこにはセレクターの意図がない。セレクトショップってある意味、セレクターの権威や審美眼によって信頼を成り立たせているわけで、それって収斂の方向性の力なんですよね。
僕は収斂ばかりではなく、大きな世界史に逆らう拡散の文化があってもいいんじゃないかと思っていて、発酵は拡散の象徴のひとつなわけです。発酵デパートメントでは、セレクターである僕の権威性をできるだけ排除しているので、「僕がおいしいと思っておすすめしています」みたいことは言わない。店に置く商品も選ばず、知らない発酵食品に出合って、それが信頼できるものだったら置くようにしています。
僕たちの役割は、文化を育てていくこと
スタッフのみんなにも言ってるのが、僕たちは文化をつくっている人なんだということです。
会津若松に三五八漬けというローカルな漬物があるのですが、時代とともに作る人が少なくなっているらしいんですね。その三五八漬けの素が発酵デパートメントでめちゃくちゃブレイクしたんです。本来は消えゆくはずのローカルカルチャーがこの地域に移設されて、若いお母さんたちがまた違う文脈で楽しむ。そんなふうに文化を育てていくことが、僕たちの役割だと思います。
年を重ねると、だいたいのことが自分の経験則におさまっていくからか、なにかに驚いたり予想を裏切られたりすることが少なくなっていきます。でも発酵って、常に裏切ってくるんですよ。
たどり着くのすら難しい離島のはじっこに、雄大な景色が広がっていて、そこに人が佇んでいる。その土地の発酵食品について「いつから作ってるんですか?」と聞くと、「わかんないけど、400年前ぐらいかな」なんて壮大な答えが返ってくる。そういうのがなかなかいいんです。つくってる人たちも面白いし、土地も面白いし、その作用を起こす微生物たちも面白い。ワンダーに満ちているところが、発酵の魅力です。