発酵を広めるために、大学で微生物学を学び直した
「目に見えない微生物の働きを、デザインの力を使って可視化する」というコンセプトで発酵デザイナーの活動をしています。
もともとはいわゆる普通のデザイナーで、発酵に興味を持ってからは発酵醸造メーカーのブランディングとか、ロゴなどをはじめとしたCIデザインなんかをやっていました。そのあと、本格的に微生物や発酵の道を究めるために大学で微生物学を学び直し、発酵デザイナーを名乗るようになったんです。
学問としてきちんと学ぼうと思ったのは、深く知らないと本当の意味で発酵は語れないと感じたからです。というのも発酵には、食中毒を引き起こしたり、生態系を変えてしまうような影響を及ぼしたりといった危ない面もあって。そんなふうに紙一重の技術でもあるので、発酵について教えたり、発酵にまつわる活動をするうえでは、科学的な裏付けが必要になるんです。
今の活動領域の半分はサイエンス、もう半分はデザインとかのクリエイティブ。それから、この発酵デパートメントもそうですけど、発酵文化を伝えていくプロジェクトやワークショップの主宰をやっています。
ワークショップは、味噌を作ったり、甘酒を作ったりというシンプルなものから、菌の培養の方法を教えたりする怪しいやつまで幅広く(笑)。もっと本格的にサイエンスを扱う、市民向け講座のようなものもやっています。
ご近所さんが日常の買い物に訪れる
発酵デパートメントは、「世界の発酵みんな集まれ!」を合言葉にしている発酵の専門店です。2020年4月、下北沢駅と世田谷代田駅のちょうど中間にあるBONUS TRACKという商業施設の中にオープンしました。大きく3つの機能があり、ひとつが、日本各地のローカルな発酵食品や、微生物を使ったいろんなプロダクトが揃うグロッサリーショップの機能。それから、発酵料理が味わえるレストラン機能。そして、発酵食品の仕込み方やテイスティングの仕方が学べるワークショップ機能です。
今は、お客さんの7〜8割が近所の方。でも特別発酵が好きな人たちというわけではありません。緊急事態宣言が出されていた時期、街で開いている店がすごく少なかったなかで、うちは開けていたんですね。発酵食品は生活必需品なのでご近所さんが来てくれていて、その方たちがそのまま常連になっていったという流れなんです。
商品は、僕がすべて生産地に行って買い付けています。通常、食品のお店は仲卸や商社を通して商品を揃えるわけですが、発酵デパートメントは基本的には仲卸を通さない。地方でおばちゃんとかに声をかけて、「これ、うちのお店で取り扱いたいな」「軒先で売ってるだけだからパッケージがないんだけど、いい?」「大丈夫だよ、パッケージなしで売るから」みたいにして仕入れるケースがいっぱいあるんです。だから、県のアンテナショップにもない商品がたくさんありますよ。
「身体にいい」にはあえて言及しない
発酵食品にはいくつかのレイヤーが存在しています。一方では家族で食べるために手作りするものがあり、一方ではかなり早い時代から組織的に生産し、国の神事で使われたり、産業のベースになったものもある。発酵デパートメントでは、それらを含めたすべてのカテゴリを網羅しています。めちゃめちゃメジャーなものからめちゃめちゃローカルでマイナーなものまで、集められるだけ集めるっていう考え方ですね。
身体にいいとか、スーパーフードのような文脈で語られることも多い発酵食品ですが、そういう視点は意図的に避けています。知識としてはもちろん持っていますが、そこに言及してしまうと裾野が広がらないと思うんです。たとえば、味噌にはこういう健康機能があるらしいんです、と言うお客さんに対して、僕らは否定も肯定もしません。それよりも、どういう場所で、どういう所以で生まれて、それが人類学としてどういう意味を持っているのかとか、食文化のなかでどういう位置づけになっていてとか、そういうことを伝えるようにしています。
だから、こういう味ですよという情報は伝えますが、「ホンモノの味ですよ」とは言わないんです。それがホンモノでおいしいかどうかは、お客さんが決めてくれればいいかなって。なかには臭いがキツいのもあって、お客さんにも「正直、これ臭いですよ」とか言っちゃってますね(笑)。